かけがえのない「何もない日常」

 此度の令和六年能登半島地震で被災されました方々へ謹んでお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復旧復興がなされることをお祈り致します。

 私の住んでいる地域も震度5強の揺れに見舞われましたが、部屋の中の物が幾つか落ちるくらいで無事でした。ただ、同じ地域内でも土砂崩れが発生しており、もしかしたら私も被災していたかも知れません。今日時点でも余震で家が揺れることがあり、平穏な日常とはまだ言い難い部分はあります。

 当日の私の行動の戒めを込めて、経緯を。
 16:06 能登地方で震度5強地震発生。自宅も揺れる。
 16時から始まった笑点を見ていた私は「あぁ、珠洲の方で群発地震が続いていたからな。元旦に起きなくても」という感じ。
 16:10 最大震度7、私の地域も震度5強
 TVから緊急地震速報。「あ、余震」
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 自宅揺れ始める。
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 明らかに揺れが大きい。若干の恐怖を抱く。
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 テーブルの上のコップに入った中身が零れ始める。「拭かないと」と思う(誤りその1)
 棚の上に置いてある物が落ち始める。
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 TV台の上のTVが落ちそうになるので押さえに行く(誤りその2)
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 揺れが収まり始める。チャンネルはNHKに変更。
 学校の避難訓練地震)で「揺れたら机の下に隠れる!」ということが如何に染み付いてないか、視覚的情報でつい動いてしまう、という2点がよく分かりました。ちなみにTV台の近くには私の背丈を超える本棚が2つ程あり、倒れていたら間違いなく下敷き(またはケガ)になっていました。
 私の部屋のロフト部分は、本棚の文庫本が幾つか床に落ちていたのと、棚の上に置いてあった目覚まし時計が床に落ちる&落ちた衝撃で電池が外れていました。外れた電池は階下のベットの上に落ちてました。

 地震発生から5日が経過しましたが、未だに家が揺れるとビクッとなります。今日の朝方5時半頃にも余震で叩き起こされました。
 今日は久し振りに外出しましたが、普段は見かけない場所で自衛隊の車両を見たり、行きつけの大型書店が1階のみの営業になっていたり、そんなに大きくないドラッグストアで飲料水2Lペットボトル箱が入荷のカートのまま陳列されていたりカップ麺や栄養ゼリーが箱で売られていたりペットボトル飲料の棚が一部品薄になっていたりと、非日常である事を痛感させられる出来事が幾つもありました。
 ただ、私はまだマシです。被災された方々の生活が一日でも早く日常に戻ることを、切に願っております。